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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)1153号 判決

控訴人

岸野松次郎

右訴訟代理人

平原昭亮

外二名

被控訴人

尾立新一郎

右訴訟代理人

山本栄輝

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金三〇〇万円及びこれに対する昭和四七年八月三一日から支払ずみまで日歩一〇銭の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決第二事件関係摘示事実のとおりであるから、ここにこれを引用する(但し、原判決八枚目表九行目の「分娩室」の次に「床」を加入する。また、当審において、原判決九枚目裏全葉に記載された(第二事件)とある項の主張は撤回され、これに伴い一一枚目表二行目から八行目までに記載された(八)の認否も不要となつたので、右部分を削除する。)。

(控訴人の主張)

一  民法六三四条の規定は、請負人の瑕疵担保責任の内容として、注文者に対し瑕疵の修補請求権と修補に代る損害賠償請求権との二つを与え、これを選択的に行使しうるものとしたのであり、いつたん前者を選択した以上、それに拘束され、も早や後者を行使することは許されないものと解すべきである。そして、本件工事の注文者たる被控訴人は、その請負人で、請負代金債権を控訴人に譲渡した矢部産業有限会社(以下「矢部産業」という。)の破産管財人木村和夫(原審昭和四八年(ワ)第一一〇四号事件の原告)に対し、本件請負契約の目的たる建物の瑕疵につき修補の請求をしたのであるから、も早や右修補に代る損害賠償を請求することはできないものというべきである。

二  被控訴人は、昭和四七年六月一日ころ、その主張のごとき瑕疵の存在を知りながら、何らの留保もすることなく、本件建物の引渡を受けたのであるから、その際黙示的に瑕疵担保請求権を放棄したものというべきである。

三  控訴人は、本件建物に瑕疵があることを全く知らないで、矢部産業から本件工事代金を譲り受けたのであるから、被控訴人は、右工事代金が相殺により消滅したことを控訴人に対抗しえないものというべきである。

(被控訴人の主張)

右一の主張は争う。右二及び三の主張事実は否認する。但し、被控訴人が控訴人主張のころ矢部産業から本件建物の引渡をうけたことは認める。

(証拠関係)〈省略〉

理由

本件につきさらに審究した結果、当裁判所も、控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきものと判断するものであり、その理由は、次に訂正、付加するほか、原判決第二事件関係説示理由のとおりであるから、ここにこれを引用する。

一〈証拠関係削除、加入省略〉

二〈証拠〉によれば、矢部産業が昭和四七年七月三日付で控訴人に対し本件建築工事の最終代金三〇〇万円を受領することを委任する旨の委任状を発行し、被控訴人が右委任状に「上記承認致しました」との文言を記載し、押印したことを認めることができるが、〈証拠〉によれば、被控訴人は矢部産業の経理担当取締役小杉峰男及び控訴人に対し、矢部産業が工事を完成してくれれば、該金員を控訴人に支払つてもよいという趣旨を口頭で明示して前記文言を記載したにすぎないものであることが認められ、もとよりこれにより債権譲渡に対する異議なき承諾をした趣旨と解することができないことは当然であり、当審証人小杉峰男の証言をもつても、未だ被控訴人が控訴人に対し本件請負工事代金債権の譲渡につき異議なき承諾をしたことを認めるに足りない。

三民法六三四条の規定は注文者に対し瑕疵修補請求権と修補に代わる損害賠償請求権の二つを与え、これを選択的に行使しうるものとしたものであり、注文者が前者を選択して請負人に対し相当の期間を定めて瑕疵修補の請求をした場合、右期間内に重ねて後者の請求をすることは許されないが、同条をもつて注文者がいつたん瑕疵修補請求権を選択してこれを行使した以上、それに拘束され、請負人が注文者の指定した相当の期間内に瑕疵の修補をしなかつた場合においても、なお修補に代る損害賠償を請求することができなくなると解すべきいわれは全くない。けだし、注文者の瑕疵修補の請求に相当の期間を定めさせるのは瑕疵の修補をしようとする請負人を保護し、その定められた期間内に修補をすることにより、修補に代るべき損害賠償義務を免れさせる法意に出たものであるから、右期間内に修補をしない請負人は修補に代るべき損害賠償義務を免れないものと解するのが相当であり、もし右義務を肯定しないとすれば、請負人に対し瑕疵修補か損害賠償の方法により瑕疵担保責任を課することによつて土地工作物の請負契約における有償性を保障しようとする民法の規定(同法六三四条、第六三五条参照)の要請に背くこととなるからである。そして、〈証拠〉によれば、本件工事の請負人たる矢部産業ないしその破産管財人たる木村和夫は、被控訴人の指定した三か月以内はもちろん、その後においても本件建物の瑕疵を修補しなかつたことが明白であるから控訴人の右主張は失当である。

四本件建物の引渡を受けた際、被控訴人が本件瑕疵の存在を知悉していたと認めるに足りる証拠はなく、また、本件の全証拠によるも、被控訴人が黙示的に瑕疵担保請求権を放棄した旨の控訴人主張の事実を認めることはできない。

五控訴人が本件建物に瑕疵があることを知らないで矢部産業から本件工事代金を譲り受けたとしても、それ故に、被控訴人において右代金を相殺の受働債権に供することが許されなくなるいわれはなく、本件相殺を控訴人に対抗しえない旨の控訴人の主張は失当である。

よつて、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(蕪山厳 浅香恒久 安國種彦)

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